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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)8391号 判決 1978年12月21日

原告 大和田敏雄

被告 株式会社サンレイ 外一名

主文

原告の各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告株式会社サンレイ(以下「被告サンレイ」と言う)は原告に対し金七六五万六六八〇円及びこれに対する昭和五二年一〇月四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金負を支払え。

2  被告東京定温冷蔵株式会社(以下「被告東京定温冷蔵」という)は原告に対し金一四一万一五〇〇円及びこれに対する昭和五二年一〇月四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  株式会社森食(以下「森食」という)は、別紙第一目録並びに第二目録各記載の商品(いずれも冷凍タコ)を所有し、被告サンレイに対し第一目録記載の商品を、被告東京定温冷蔵に対し第二目録記載の商品をそれぞれ寄託していた。

2 原告は、いずれも森食から、昭和五〇年八月二五日第一目録記載(1) ないし(3) の商品を、昭和五一年四月一九日同(4) ないし(6) の商品を、同年五月二〇日第二目録記載の商品を、それぞれ買い受けた。

3  そこで、原告は、昭和五二年二月一二日ごろ、被告らに対し、いずれも口頭により、右売買により原告が右各商品の所有権を取得した旨を通知し、さらに、被告サンレイに対しては同月一五日にも森食の従業員覚張豊隆を同行させて右売買の事実を通知し、第一目録記載の商品の引渡を求めた。

4  しかるに、被告らは、昭和五二年四月六日、森食に対する保管料等の債権に基づく商事留置権の行使として、右各商品を含む保管中の食品について、有体動産競売申立をなし、右申立に基づく競売の結果、右各商品は同月二七日第三者によつて競落されてしまつた。

5  右競落当時における右各商品の価額は、第一目録及び第二目録中各価額欄記載の金額であつた。

6  右のとおり、原告は、競売の結果右各商品の所有権を失い右価額と同額の損害を被つたものであるが、それは、右各商品が原告の所有であることを知りながらあえて競売申立をなした被告らの行為によるものである。

7  よつて、原告は、故意による不法行為に基づく損害賠償請求として、被告サンレイに対しては第一目録価額欄記載合計額金七六五万六六八〇円、被告東京定温冷蔵に対しては第二目録価額欄記載合計額金一四一万一五〇〇円、並びにそれぞれその金員に対する訴状送達の翌日である昭和五二年一〇月四日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告の認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

3  同3の事実も否認する。

4  同4の事実は認める。

5  同5の事実は否認する。

6  同6の事実は否認する。

7  同7の主張は争う。

三  被告らの抗弁

1  被告らは、いずれも冷蔵倉庫を営む会社である。

2  被告らが前記各商品について競売申立をなした当時、森食に対し、被告サンレイは、水産物倉庫保管料、冷凍エビ・冷凍ズワイガニ売買代金合計金二八八万八三五〇円、被告東京定温冷蔵は、水産物倉庫保管料金八六万七一三一円の、いずれも弁済期の到来した債権を有していた。

3  したがつて、被告らは、いずれも、森食から保管依頼を受けて占有していた右各商品について、商法五二一条に基づく商事留置機を有する。

4  一方、原告は、右各商品について引渡を受けていない。

5  したがつて、仮りに原告が森食から右各商品を買い受けたとしても、その引渡を受けていない原告は、これについて商事留置権を有する第三者である被告らに対しては、その所有権をもつて対抗することができない。

四  抗弁に対する原告の認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2の事実は知らない。

3  同3の主張は争う。商法五二一条に基づく商事留置権は「債権者所有ノ物」について成立するものであるところ、前記のとおり、前記各商品は森食から原告に売り渡され、森食はその所有権を失つたものであるから、仮りに被告らが森食に対しその主張のような債権を有していたとしても、債務者所有の物ではない右各商品については、被告らは商事留置権を有しないものである。なお、商法五二一条は、目的物が占有取得の当初から第三者の所有であつたかあるいは占有取得の当時債務者所有のものが債権者の占有中に第三者に譲渡等がなされたかは全く区別していないのであるから、商事留置権はこれを行使する時点において目的物が債務者の所有に属していなければならないものというべきである。

4  同4の事実は認める。

5  同5の主張は争う。被告は右各商品について留置権を有しないものであつて、引渡の欠缺を主張するについて正当の利益を有する第三者ではないから、原告は、被告らに対しては、右各商品の引渡を受けなくとも、その所有権をもつて対抗しうるものである。

理由

一  森食が、別紙第一目録並びに第二目録記載の各商品を所有し、被告サンレイに対し第一目録記載の商品を、被告東京定温冷蔵に対し第二目録記載の商品をそれぞれ寄託したことは、当事者間に争いがない。

二  証人覚張豊次の証言及びいずれもこれにより成立を認められる甲一号証ないし甲三号証の各一ないし三によれば、請求の原因2のとおり、原告が森食から右各商品を買い受けたことが認められる。

三  被告らが、請求の原因4のとおり、右各商品について商事留置権に基づく有体動産競売申立をなし、右申立に基づく競売の結果、右各商品が第三者に競落されたことは、当事者間に争いがない。

四  原告は、被告らの申立に基づく右競売により、原告は右各商品の所有権を失い、価額と同額の損害を被つた、と主張する。

しかしながら民法一七八条により、動産の所有権の移転については、その引渡がなされなければこれをもつて第三者に対抗することができないものであるところ、本件においては、森食から原告に対し右各商品の引渡がなされていないことは当事者間に争いがないのであるから、右事実に基づけば、原告は、第三者である被告らに対しては、右各商品につきその所有権をもつて対抗することができないものといわなければならない。

もつとも、動産の引渡がなされなかつた場合であつても、引渡の欠缺を主張するにつき正当の利益を有しない第三者に対しては、その所有権をもつて対抗しうるものであることはいうまでもない。

しかしながら、本件においては、被告らがいずれも冷蔵倉庫を営む会社であることは当事者間に争いがなく、また、いずれも成立に争いがない乙一号証及び乙二号証の各一並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、右競売申立当時、いずれも森食に対し、被告サンレイは水産物倉庫保管料及び同売買代金合計金二八八万八三五〇円、被告東京定温冷蔵は水産物倉庫保管料金八六万七一三一円の各債権を有していたことが認められるから、右事実に基づけば、被告らは、右各商品の寄託を受けるのと同時にその保管料債権について森食所有の右各商品の上に商法五二一条に基づく商事留置権を取得したものであり、また、右留置権は右競売申立時まで存続していたものとみるべきこととなる。しかして、一般に、留置権者は、目的物の上に物的支配を取得しようとする者であつて、目的物の譲受人と物的支配を相争う関係にある者であるから、民法一七八条の適用にあたつては、引渡の欠缺を主張するにつき正当の利益を有する第三者にあたるものといわなければならない。したがつて、原告は、商事留置権者である被告らに対しては、その引渡がなされないかぎり、前記各商品につき所有権をもつて対抗することができないものというほかはない。

これに対し原告は、商法五二一条の商事留置権は、これを行使する時点において目的物が債務者の所有に属していなければならない、と主張する。しかしながら、そのように解するときは、債権者が留置権を行使する以前に債務者がその所有権を他に移転すれば債権者はこれによつて留置権を失い債務者は留置権の行使を免れる結果となるのであるが、かくては債権者に留置権を認めた同条の趣旨は没却されてしまうから、同条の留置権が成立するためには債権者が目的物の占有を取得した当時その目的物が債務者の所有であることをもつて足り、その後に債務者がその所有権を失つたとしても、これによつては一たん成立した留置権は何らの影響を受けないものというべきである。したがつて、原告の右主張はこれを採用することができない。

五  以上によれば、原告は、被告らに対しては前記各商品の所有権を主張し得ないものであるから、その所有権を取得したことを前提とする原告の請求は、その余の点について判断を加えるまでもなく、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口忍)

(別紙)第一目録<省略>

(別紙)第二目録<省略>

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